握手をしよう。

約1年ぶりの投稿である。
2014年のことを軽く記録しておかなくては…と思って。

いろいろあった1年だった。だが、とりあえず今日は一つだけ書いておきたい。
クリスマスイブの日にKくんに言われたこの言葉を忘れるにはもったいなさ過ぎるので…。

Kくんは小学3年生。私が週に1回だけ学習支援している男の子だ。私は教室で彼の横に座り、教科書を開いたり、一緒に文字を書いたり、代わりに計算したり…、喉に食べ物を詰まらせないように給食を細かく刻んだり、そんなことをしている。
体育の補助もあるから、52、運動不足、体力不足の私はときにへとへとになる。
が!!愉しい。とてもたのしい。

そんなことで、日頃の感謝をこめてささやかなクリスマスプレゼントを渡すことにしたのだ。
学校の昇降口を出て、友だちの目が届いていないことを確認してから、
「Kくん、これお菓子なんだけど、クリスマスプレゼント! どうぞ♪」

すると、Kくん、
「ありがとう!」
にっこり笑ってくれた。そして次の瞬間
「 握手をしよう」
とすっと手を差し出した。そして、私とKくんは、しっかり握手をした。

ものすごくうれしかった。
今思い出しても胸があつくなる。

こんなふうに深く感動したのはすこし理由がある。
11月にKくんの学校の学習発表会があった。そのとき1年生が歌った歌のこんな歌詞にもまた私は感動した。
「♪と〜もだちになる〜ために〜、ひ〜とは出会う〜んだよ…」
娘が幼稚園の時に覚えてきて、その時からずっといい歌だと思っていたが、この歌詞が無性に胸に響いた。
そうか、ひとは、誰かと友だち関係を結ぶために生まれてくるんだ!と妙に納得できたのだ。
年齢の差とか立場の違いとか、地位の高低とかいっさいがっさい無にして、フラットな関係を結ぶ…
これ、すごく素敵なことだなあと素直に思うことができた。

だから、9歳のKくんがとても堂々と、手を差し出してくれたとき、彼に「友だちになろう!」と言ってもらえたようで、とても光栄で感激してしまったのだ。
ありがとう、Kくん。日に日に記憶力が怪しくなっているので、ここに記録しておくね。


また、
これは忘れることはないと思うが、
母が8月に79歳で亡くなったことも、去年の大きな出来事だった。
私もとうとうみなしごになってしまった。
だからこそ、しっかり歩んで行かねばと思う、2015年の年の始めである。
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# by happywacoco | 2015-01-02 18:36 | コドモ・学校 | Comments(3)

価値・かち・カチ

「金の価値がわからん女なんですよ、あいつは…」
これ、私の今の雇用主の言葉。

私は、今いくつかの仕事を掛け持ちしている。興味あることにあれこれ手を出しているうちに出会ったのが、一回り年下のSさんだった。S さんは介護事業所の社長さん。2児の母。

で、そのSさんが「あいつ」と呼ぶのは小学校2年生の娘のRちゃん。
かわいい、賢い女の子だが、いつもなぜだかママに毒づかれている。
「金の価値がわからん」と言われているのは、お正月お年玉をもらって間もない頃、病気の子どもが療養する施設の話を聞いたRちゃんがぽんっ!と、2千円を寄付したから。今年のお年玉の総額は4千円だったそうだが、その半額を迷うことなく寄付したというのだ。(ふつうは褒められる話だが、ママの評価が厳しいのは謎…)
私はその話を聞いて驚愕した。私にはそんな勇気はない。お小遣いをもらっていないというRちゃんにとってお年玉は貴重な貴重な現金収入のはず。その半額をいきなり寄付に回すなんて、すごい。

だから、Rちゃんに会ったとき、「2千円も寄付したなんてすごいね。どーして?」と思わず聞いてしまった。
するとRちゃん、ふつーの顔して「だって、なんかかわいそーだなって思ったんだもん」
それから続けて
「でも、ママは『その人が自分のことをかわいそうって思ってなかったら、かわいそうじゃないって言うの。あんたがその人のことをかわいそうとか決めるのは違う』って。」

私は、う〜んと唸ってしまった。「たしかにね」と言うしかない。でも、続けた。
「でもRちゃんが可愛そうって思ったんなら、それでいいよ。心の中で思うのは自由だもの。でも、その人の前で「あなた、かわいそう」と言うのは違うと思うけどね。」と。
それから、omomoが10年前病院での治療中、同じ病棟の友だちにいかにも同情してますという表情で「かわいそう」って言われて憤慨した話をした。ついでに、omomoがかつて病気と闘った話もした。

それをRちゃんは「えっ!? あのomomoちゃんが…」とびっくりしながらも、静かに聴いてくれた。

私は、その聴き方に感激した。そうやって素直に静かに耳を傾けてくれる人って、大人には少ないから。

Sさんは、「Rは私に似ているから、なんか無性にむかつくんですよ。」と言う。
たしかに、報酬に無頓着で、大変な方々の介助の仕事を受けているところが似ている。だから、利用者は他の事業所が断ったような濃い面々が揃っている。

で、話を戻して、考えるのは、
「金の価値」というのは、少なくとも「得するとか、損したとか」そういう次元のことではないのだろうということ。
Rちゃんが寄付した2千円は、ママは表面的には酷評したわけだが、私を感動させ、私が家族に話し、じわじわと「意味」を広げている。
「金の価値」って、はっきり言ってよくわからない。でも、お金を変にだいじにしすぎるのはよくないと思った。
それから、「かわいそう」と思うこともまた、いいとか悪いとか、簡単に判断のつかない繊細なことだと思った。

でも、Rちゃんがしたように、かわいそうと素直に心を動かして、それで終わらせずに自分の持っている大事なモノをすっと差し出すことは、とっても素敵だ。それだけは確か。
そんな気づきをRちゃんからもらい、やっぱり小学2年生は侮れないと肝に銘じた。

ついでに、Rちゃんの今年の初詣の願い事は、
「wacocoさんの風邪が早く治りますように」だったそうな。これもママが教えてくれた。
「この話、ヤラセなしっすよ」と付け加えて。
「願いごとの価値もわからん、馬鹿な女なんですよ、あいつは。」とは鬼母Sさんもその時は言わなかった。

まあ、そんなことで、
不器用な私には向かないヘルパーの仕事だが、もうすこし続けようと思っている。
続ける価値があるといいな思っている。

蛇足だが、この「価値」って言葉、夏目漱石の造語だとか。日曜日に観たとてもいい舞台のパンフレットで知った。
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# by happywacoco | 2014-02-17 21:10 | コドモ・学校 | Comments(2)

new year☆

年があけて、あたらしい一年が始まった。
しかしながら、去年はすこし飛ばしすぎたのか、年末仕事納めの翌日辺りから体調を崩し、家族に迷惑をかけながらやっとのことで年を越し、今に至る。今も本調子とはいえないなあ〜ああ〜もう年だなあと実感している。

でも、いつまでも家族に甘えてばかりではいけないので、ここらで気合いを入れ直そう!とは思っている。

とりあえず、年末に人から借りた本の中にあった、岡本太郎のこんな言葉を書き留めておく。
「相手に伝わらなくてもいいんだと思って 純粋さをつらぬけば、逆にその純粋さは伝わるんだよ。」

もうひとつ
「血を流しながら、にっこり笑おう。」

去年ばたばたといそがしく仕事にまたはボランティアに向かうとき、心のなかで「ばかだあ、わたしって」とつぶやいたことが幾度か(も?)あった。しかし、そのとき同時に思ったのは「ばかだなあ」とか「割に合わないなあ」と思うことをしているときは(そんなときこそ)「自分は間違っていない」と安心していいのではないかということだった。
なかなか利他に生きることができない自分だけど、利他な瞬間をすこしずつでも増やしていけたらいいなあと、今思った。 
これが、今年の抱負になるかな?  がんばろう。

てなことで、
みなさま、今年もどうぞよろしくおねがいいたします☆
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# by happywacoco | 2014-01-04 17:57 | 家族 | Comments(4)

おわかれのじかん

義理の母が二週間前に脳出血で倒れ、意識がもどらないまま空へ旅立った。
あっけなく逝ってしまったと、呆然とした。

義父は17年前に他界しているので、長い間ひとり暮らしをしてきた義母である。随分さびしい思いをしてきたであろう。空の上で義父と再会し、ようやくほっとした…かもしれない。(そう思うことにしたい。)

亡くなったのは火曜の朝、それから金曜の告別式まで、私も、夫の実家で合宿のように義妹ふたりやその家族と過ごしてきた。義母が寝かされた布団の横にちゃぶ台を運び、みんなで食事をし、お酒を飲み、葬儀や通夜の準備をし、今後のことを話し合ったりもした。飾らず、本音で話し合い、濃密な時間をすごした。

なかでも、義母が残した今年1年の家計簿を、義妹達と一緒に丹念に読んだ時間は濃かった。
義母はそれを日記のように使っていたので、毎日毎日、支払いの記録だけでなく、身体の不調、通院の記録、趣味の会でのできごとを書き留めていた。
それだけでなく、誰が何をしてくれた、何をしてくれなかった、腹がたった、後悔した、感謝した…等々、思ったことを思ったままに綴っていた。そんな家計簿は、実に人間くさく、読みながら、義妹2人と夫とともに、大いに泣き、それ以上に笑った。

義母は真面目なひとだったので、笑いを狙って書いた訳ではない。でも、素直な心の暴露はほほえましく愛おしく、笑わずにはいられなかったのだ。
そして、ユーモアとはこういうものか、としみじみ思った。


気づいた方もいると思うが、実はその場にomomoはいなかった。
大学の秋休みに海外旅行に出かけ、不在だったのだ。そのためしばらく義母の死は彼女には伏せていた。しかし、思いがけないところから彼女に伝わってしまった。それならばと、旅中に別れの言葉を書かせるなんて酷かなとは思ったが、思い切ってメールし、棺に入れる寄せ書きに、メッセージを寄せてくれるように頼んだ。すると、すぐに、omomoらしい丁寧で心のこもったメッセージをメールしてくれた。

そのなかに「おちゃめなおばあちゃんが大好きでした」という一文。
電話をかけ、omomoがフルネームを名乗ると、義母はすかさず自分もフルネームで名乗り返してくれたらしい。電話口でomomoがよく笑っていた訳がようやくわかった。
私はそんな愉快な対応をする義母とは思っていなかったのに…
さすが、omomo!!  きまじめ風な義母のユーモアをしっかり見抜いていたわけだ。

人が亡くなるのは哀しい。身近な人だったら、もっと哀しいし、淋しい。
でも、義母は家計簿を通じて、不思議なおかしみも遺してくれた。
ただただ素直に書き連ねられた不満や泣き言の数々…。それらは遺された私たちの心を癒してくれた。それはその根底にユーモアのこころがあったからであろう。

長い間、家事に料理に手を抜かず、家を守りつづけてきた81歳の女性は、人間としてやはり私の上をいっていた。脱帽するしかない。
私は、ただ家事をし生活するのはなんだか物足りないと感じてきた。でも、母として祖母として家を守り続けること、守り続けようとすることは、並大抵のことではないと、義母から学ばせてもらった。
感謝である。というか、感謝しかできないのが、なんとも情けない。

そんなことで…、
してもらうばかりで、何もして差し上げることのなかった私、こっそり自己反省を続けている。
ほんとうにごめんなさいでした、お義母さん。
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# by happywacoco | 2013-11-30 18:05 | 家族 | Comments(0)

大縄跳びに思う…

さて、台風が去り、午後は秋晴れである。
今日は、週一回の小学校での学習援助の日。台風に直撃されているのに、我がS区は児童生徒に厳しく、3時間目から授業開始。都内400ウン十校が休校というのに…。
しかし、出かけてみると、そんなことをグチグチ言う小学生は皆無で、実に楽しげで、圧倒された。てなことで、帰ってきてからは定例のお昼寝…。

私がお手伝いしているKくんは、病気と障碍を持っている。だから、援助者が必要なわけだが、でも、彼を「障害児」と簡単にはくくるわけにはいかない。そういうくくりを忘れさせる、すてきな存在なのだ。
同じクラスの友だちもわたしと同様のようで、Kくんのまわりにはいつも誰かがいる。振り払っても振り払っても寄ってくる。
Kくんは女の子にも人気。美形な女の子がほんとにいとおしいって表情をしてKくんに頬ずりするのを身近に見ると、私の方がどぎまぎする。それが一人ではなく、何人も、女の子には生まれながらに母性が備わっているんだなあと実感する。

Kくんには、いろいろ出来ないことがある。授業中にかんしゃくを起こして大きな声を出してしまうこともある。それでも、クラスの子は特に気にしない。Kくんの存在をしぜ〜んに受け止めている。

今学校では大縄跳びがさかんに行われている。5分間で跳んだ数を隣のクラスと競い合ったりもしている。
Kくんは大縄が跳べない。しかし、「見学」はしない。クラスの列に入り、跳ばないけれど、縄跳びの下をする抜ける。それは跳んだ数にはカウントされない。それどころか、彼がすり抜けるとき先生は大きく縄を動かすので、ロスタイムが生まれる。記録作りには不利。
しかし、誰もそれを指摘したりしない。不満を述べる子もいない。みんな、Kくんがそれに参加することを当然と思っていて、それゆえに彼が記録的には不利な状況を作っていると思いもしない様子なのだ。

ほんとうに美しき2年生である、彼らは。

そんななか、Kくんも着実に成長している。縄を跳ぶことはないが、みんなと記録を作るということに対してとても積極的になってきて、クラスの子たちの集中が高まるとKくんの動きも俊敏になる。それがクラスの集中をより高めたりもする。そんなときのクラスの一体感は素晴らしい! 体育館の空気がどんどん濃密になって、脇にいる私は心打たれ、涙腺がゆるむ。

で、やっぱりいろんな子が、いっしょに学ぶことって大事だよなあ〜としみじみ思うわけだ。
Kくん以外にも運動が苦手な子もいるし、焦りがちな性格ゆえたびたび縄にひっかかってしまう子もいる。ものすごく切れのある動きをする子もいる。なんでもそつなくこなすタイプの子もいる。
いろいろな癖や事情をもった子たちが、5分間同じことに集中して取り組む。そして、目標が達成されたときはいっしょに喜ぶ。うまくいかなかったときは、忘れる。
だれのミスも責めないし、だれかの功績を称えたりもしない。そんな余計なことは一切せずに、ただひとりひとりがそれに参加する。

大人の社会もこうだったらなあ〜と思う。
能力あるとかないとか、社会への貢献度どうとか、そういうことはスルーして、ただただ目の前に提示された問題にいっしょに取り組む。ただあなたといっしょにそれができることがうれしいというような空気のなかで働く、それが幸せな社会というのだろう…とKくんと彼のクラスメイトたちから教わっている。
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# by happywacoco | 2013-10-16 16:03 | コドモ・学校 | Comments(2)

とうとう☆20歳♪

この9月omomoがとうとう20歳になった♪ 成人だ!!
たくさんの方々の励ましと応援のおかげで、ようやくここまで来た。
改めて、感謝申し上げます。

誕生日当日は、台風の真っ最中。
祝日にもかかわらず大学はあったのだが、暴風雨のため休講になり、終日ゆっくり家族で過ごすことができた。

で、夕飯のあと、omomoの希望で、赤ん坊の頃に撮ったビデオを見ることになったのだが…
まあ、笑ったり、驚いたりで、なかなか見応えがあった。

生まれたてのomomoは、ミルクも上手に飲めない、弱々しい赤ん坊だった。だが、みるみる太りだし呆気にとられた。それに伴い、私の対応も雑になっていくのがわかって、苦笑。
ある日の映像では、omomoが必死にはいはいをして近寄ってくるのに、私は折り込みチラシから目を一瞬も離さず「omomo、来なくていいよ、来なくていいから。」と繰りかえしていた。
なんとも冷たい。もっといい母親だと思っていただけに、ちょっと愕然。その後omomoの私に対する視線が痛かった。
しかも、そのチラシがどうもトイざらすのものだったようで、
「omomo~,ジュリアナ人形ほしい? ジュリアナ人形?」
としつこくomomoに聞く私。はいはいしかできない赤ん坊がそんなのほしいわけないじゃんって、自分で自分に突っ込みたくなった。まあ、20年前は、ジュリアナという遊興場があったという現代史を振り返るいい資料にはなったわけだけど…。

でも、翌日しみじみ考えてみて、もしomomoが病気になることがなかったら、私はあのまま雑な子育てをしていただろうなとぞっとした。そして、子育てを心底楽しむこともなかっただろう。
病気になったのはやっぱり不運なことだが、子どもの掛け替えのなさに気づき、一日一日をだいじにだいじにするようになる貴重な契機になったと、改めて思うことができた。

2歳のときのomomoは、かなり強烈なキャラになっていて、昔私の友人がomomoを見て「唯我独尊ってかんじの子だね。」と言ったのを思い出した。そして、病気を経験後omomoは、強さとやさしさのブレンドをうまくやってきたのだなあと思った。

彼女の20年、とくに後半の10年は怒濤の10年だった。脇で見ていて、「神さま、ちょっと酷すぎるよ」と思ったこともあった。が、それらの経験が彼女の血肉になっていることは確かだ。

さてさて、これからどうなりますか?
親としては、なにより彼女の健康を祈るが、同時にさらなる成長を期待している。
自分ばかりを見つめず、社会における自分の位置を客観的に見られる、謙虚な大人として、世の中の役にたっていってほしいなあ…というのは望みすぎか?
成人した子どもを持つ親となった私もまた、「自分ばかり見つめず、社会における…」云々な「老人」になるべく努力するので、親の高望みを許してくださいませ☆

そして、
みなさん、これからもomomoのことをどうぞよろしくお願いいたします。
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# by happywacoco | 2013-09-26 10:47 | 家族 | Comments(2)

2013☆夏…

ブログの更新をしないまま、9月になってしまったが、
年々怪しくなる記憶を補うため、すこしはこの夏のことを記しておこうかなと思う…。

去年に引き続き今年もomomo不在の夏をすごした。
大学2年になって、omomoははじめての独り暮らしを経験した。
北海道にある、病気の子どものためのキャンプ施設で一ヶ月間ボランティアとして活動したためだ。その施設の近くにアパートを借り、短い自立生活…。


結論から言えば、とても充実した、たのしい夏になったようだ。
仕事は多岐にわたり、楽とは言えないが、実に愉しかったという。ホームシックになる間もなかったらしい。
そして、準備の甲斐あってこどもたちにいい時間をプレゼントできたようだ。たくさんの子どもたちに慕ってもらえ、自分の闘病の経験も生かせ、またひとつ成長できたと思うとうれしそうに話してくれた。もちろん、反省と今後への課題は満載というが…。

まずはめでたし!!
親としては、年々子から手が離れ、安心と自分の時間を得ている。

そんなことで私はこの夏、今までやりたくてもやれなかったことができた。
そのひとつが、聞き書きボランティア養成講座への参加。
10年前新聞で、お年寄りに話を聞き、それを聞いたままに文章化し冊子にまとめるという活動があることを知った。すぐに興味をもったものの、時間もなく諦めていた。
だから、この夏区内で聞き書きの講習会が開かれると知った時は嬉しく、うきうきと参加した。

講座は、3回。聞き書きの目的や意義、聞く技術、書き方等々…充実した内容だった。実習もあって、参加者同士が10分間ほど話を聞き合って、それを文章にまとめる宿題もでた。

私がお話を聞いた方は、一回り年上の穏やかな女性で、幼い子ども時代の思い出を終始にこやかに語ってくださった。その話をテープに録音し、自宅に帰ってからテープ起こしをし、一人語りの文体で文章にまとめていった。けっこう骨の折れる作業だった。

しかし、自分の書きたいことを書くというのとはひと味違う、とても新鮮でおもしろい体験になった。
書き進むうちに自然とその方の記憶のなかに私も移動し、昭和30年くらいの山の手の町にタイムスリップした気分になった。近所には肥溜めがあって、野良犬がうろちょろとし、防空壕もまだ残っていたという。それでも母親たちはのんびりおっとり子育てしていた…そんな時代だったそうだ。

今は、町は清潔だし、野良犬に追いかけられたり、狂犬病の心配をしたりしなくてもいいし、モノは豊富でしかもオシャレ。
でも、その方のお話を聞き、便利さ豊かさと引き替えに失ったものあるなあと改めて思った。たとえば、ふわーっとしたおおらかな空気感とか。戦争の傷跡はあっても、今より晴れ晴れとした空気があったように感じた。
そして、60代になったその方の品のよいたたずまいや穏やかな表情を見て、子どものころの記憶は幸せなものであるべきだと思った。幼年期の幸福な記憶こそ、親が子どもに贈るべきたいせつな贈り物だとも思った。

また、
地域でお年寄りが一人亡くなると、その土地の図書館がひとつなくなる…というほど、お年寄りは時代の記憶や生活の知恵を蓄積しているという。お年寄りの思い出を残す聞き書きは、地味だが価値ある活動だ。
そんなことで、今後すこしずつでもこの活動に参加できたらいいなと思っている。



あ、そうそう…冒頭の話にもどるが…
omomoが北海道から帰ってきた夜、夫婦で駅の改札口で待っていたのだが、
その時のomomoの第一声は
「あれ? とうさんとかあさん、ちっちゃくなっちゃった??? 痩せた?」

ビール(もどき)三昧で痩せたはずはない!!
私たちの小ささを見抜かれてしまったかっ!!!
短い期間だが自活したことで、親が小さく感じられるようになったということ?
そうならば、成長の証しであり、喜ぶべきことだ♪  あっぱれ!
と言いつつ、夫婦で枯れススキになったような…やや複雑な気分の、夏の終わり…秋のはじまりである。
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# by happywacoco | 2013-09-06 17:47 | モロモロ♪のこと | Comments(4)

ある質問に

週一回学習援助のために通っている小学校の教室でのこと。
数週間前のある休み時間、前の席に座るTくんが、突然振り返り聞いてきた。
「ねえ、夢はなに?」

あまりにまっすぐな目で聞いてくるものだから、たじろぐ。それから急いであれこれ思いうかべた。
が、気の利いた夢は思いつかず、仕方なく(というか姑息にも)
「じゃあ、Tくんの夢は?」
と逆質問。
と、
「そりゃあ、サッカー選手だよ。」
と、余裕の笑顔で即答してくれた。笑顔がまぶしかった。

まず、この小学2年生の私に対する対等な姿勢に胸打たれた。51のおばさんにも夢があると信じていて、かつその夢に興味も持ってくれて、かつ取りあえず聞いてくれた。それが嬉しかった。

それに対して、目を泳がせお茶を濁した自分の情けなさ…。
反省し、以来私の夢はなんだろうと考えてきた。

考えてみれば、ちょっとやってみたいことはある。行きたい場所も行ってみたい国もある。それも夢といえば夢。
でも、ちょっと違う。お金で解決しそうな感じでなんかちっちゃい。もっとこう…なんか実現が難しい、たっぷり時間をかけて、努力もしなくては実現しない…、それが夢のはず…。てなわけでしつこく考え続けていた。

そんな昨日、知人と話していたときのこと。その人が、
「うちの娘が、何年か前同級生の男の子と旅行に行ってね。その男の子っていうのが、ちょっとこれっぽい子で!」
と、頬の横に手のひらをかざす仕草をした。その仕草に一瞬、ん?と違和感を感じたが、次の瞬間私は同じ仕草をして、
「ああ、じゃあ安心でしたね〜」
なんて口走っていたのだ。媚びた笑いまで浮かべて…。

落ち込んだ。
ふだん、ジェンダーについて少しは意見を持ち神経も使っていたつもりだっただけに、自分のなかの、下世話で差別意識満載な人格を目の当たりにして、ガッカリした。やっぱり私という人間は、まだまだまだだなと。

そんなことをひきずって、今朝コーヒーを飲んでいた、その時再びTくんの質問が甦ってきた。
そして、あ!とひらめいた。

「そういうあれやこれやの差別意識や偏見を自分のなかから追い出してから死にたい。」
これを私の夢にしよう。

早速夫に話すと
「え、死ぬことを考えてるんだ。」
と言われ、私の夢のエッセンスが「死ぬこと」になっていることに気づいて、苦笑い。

でも、「差別意識の撲滅!」というのは、前人未踏の夢であり、一種の闘いであると思い直す。
それに、せっかく思いついたので、夫に何を言われようと、頑張って目指していこうと思った。

Tくんが、もしまた「ねえ、夢はなに?」と聞いてくれたら、今度は答えてみよう。
意外に共感してくれるかもしれない。
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# by happywacoco | 2013-07-14 12:37 | コドモ・学校 | Comments(4)

子どもの底力♪

5月末に始めた仕事は刺激的だ。
小学校で知的なハンディキャップを持った男の子Kくんの学習介助をする。まだ3度しか行っていないので、手探りの状態だが、まわりのこどもたちに助けられ、どうにかこうにかやっている。低学年のこどもたちは実に親切。私がもたもたしていると、すかさず「あーして、こーして!」と具体的にアドバイスしてくれる。感謝感謝である。

Kくんは2年生だが、知的な遅れがあるそうで自分では字も書けないし、計算もできない…と聞いていた。だから、授業中は私が教科書や黒板を見て写した文字や数字をなぞってもらう。筆圧は十分ではないし、言葉もたどたどしい。でも、学校は大好きだし、意欲もある素敵な子だ。温和で笑顔がじつに魅力的。会っていっぺんで好きになった。

この間は、スピーチの授業があった。1分程度で、自分が今したいことについて発表する。
Kくんもママと原稿を用意していた。「大縄跳びができるようになりたい、そのために練習をがんばる」という内容。たぶん、ママが彼の手を取って書いてくれたものだと推測していた。

まず先生が15分ほど時間をくれ、各自練習。しかし、Kくんは読まない。読めないのか読まないのかもまだ私には判断できない。それで、私がまず読んで、Kくんに後について言ってもらおうとした。しかし、気が乗らないようでうまくいかない。何回か読んであきらめようかなと思った。そのとき、Kくんが冒頭のふたつの言葉を言った。
「ぼくは 大縄が…。」
でも、その後が続かない。私は、無理強いはできないと諦めかけた。

そして、先生がいよいよ発表と伝えた。「やってみようと思う人、手を挙げて!!」
クラスの8人ほどの子が手を挙げた。すると、なんとKくんが「はい、は〜い♪」とニコニコと手を挙げるではないか。
内心焦った。当たりませんようにとこっそり願った。しかし、Kくんは「はい、は〜い」と手を挙げ続ける。
とうとう先生が
「じゃあ、Kくんは5番目ね」
青ざめた。だって、まだ1文も言えていないのだ。

しかし、発表は開始。次々に発表が進む。そしてとうとう呼ばれてしまった。
Kくんの後について私も前に出る。意を決して、「後について言ってね」とKくんに小声で言って原稿を思い出しながら先導することにした。

しかし、Kくんはやっぱり言ってくれない。私は諦めようかなと思った。しかし、クラスのみんなが、Kくんの言葉を待ってくれているのがすごく伝わってくる。私も、すこし待ってみることにした。

と、その時Kくんが
「ぼくは  おおなわを…」
小さな声だが、たしかに言ってくれた。
みんなが、「言えた〜〜!」と喜んでくれた。私が「いまの聞こえた?」と聞くと「聞こえた、聞こえた」と目を輝かせてくれる。

それで、勇気が出た。次の言葉も言ってみた。Kくんは次も言った。細いが可愛らしいいい声で。
で、とうとう全文言い終えることができてしまった。

私は、最後をしめくくるため「ありがとう!って言おう」とKくんに耳打ちした。しかし、彼はそこで黙ってしまった。私はどうしようか困った。しばし沈黙。

そのとき、Kくんが
「スピーチをおわります」
と言った。小さな声だがみずから。
クラスのみんなも先生ももちろん私も「おおお〜〜〜!!」全員が、笑顔だった。

Kくんは、前の4人の子たちの発表をきちんと聞いていて、みんなが「これでスピーチを終わります」と最後をしめくくるのをしっかり学習していたのだ。

「できない」と思っていたのは全くの早計で、彼はきちんとできた。
子どもってわからないなあと、その可能性に感動した。クラスメイトたちがKくんの頑張りに惜しみない拍手を送ってくれたことにも感激した。

「できない」と決めつけることは危ない。大人が勝手に焦って、簡単に諦めようとしてしまうのもいけない。待つことをせずに子どもの可能性に早々に見切りをつけるのは罪だ。

てなことで、子どもからは学ぶこと満載である。
まだ始まったばかりだが、これから謙虚にていねいに仕事をさせてもらおうと肝に銘じた。
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# by happywacoco | 2013-06-03 20:05 | コドモ・学校 | Comments(2)

よく見るということ…

月1度のブログ更新を!と自分に課していたつもりだが、うっかり5月は忘れた…。自分にガッカリだ(笑)

思えば、ガッカリ続きの5月だったように思う。。
4月から新しい仕事を始めたが、なかなか手順を覚えられない。がんばろうという気持ちは強いのだが、あれ?という失敗をする。加齢にはかなわいなあとつくづく思う。

しかし、楽しいことも多かった。
特に渋谷のミュージアムで開かれているスペインの画家アントニオ・ロペスの展覧会は圧巻だった。
家族や庭の植物や、マドリードの街など身近な素材を克明に描く画家であり、彫刻家であるロペスだが、作品にかける情熱と時間が半端でない。

幼い娘を描いた作品は鉛筆で描かれたものとは思えない、見応え。
町並みを描くときは、毎日同じ時間に通いスケッチする。しかも、夏のある時間のある場所を描くとこだわるため、制作期間が7年に及んだりする。描いている内に夏が終わり、次の年まで制作を休まなければならないからである。
その制作スタイルゆえに、完成まで数十年かかった作品もある。また描いているうちにそのモチーフの果物が枯れ腐って未完で終わった作品もある。

しかし、徹底した観察のもとに描かれた作品の力は尋常ではない。
家族や家の中にあるトイレや冷蔵庫もロペスの大事なモチーフだ。時間をかけ、大きな画面に丹念に描く。
その作品を見ると。観察をすることこそ愛であると思う。ひたすら見て、その対象を克明に描く。
その作品から、観察を続けるには深い愛が必要であり、そのことは対象をそのまま肯定することでもあると感じた。そして愛は、「まるごとの肯定」であると気づかされた。

子どもへの愛情も然りだろう。興味を持ち、飽きずに観察することが愛するということ。
また部分的な肯定、承認ではなく、全面的な肯定に至ってこそ、「愛」なのだと思った。

あと東京の会期は残り2週間。その後九州、東北と巡回予定とか。
見応えある展覧会、お奨めです♪
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# by happywacoco | 2013-06-03 18:52 | 愛すべきコト・モノ・ヒト | Comments(2)